ソフトウェアエンジニアリングの人類史

〜AIエージェント時代の知識創造企業〜

株式会社レクター 代表取締役 広木大地

今日の資料はこちらです。

自己紹介

広木 大地

株式会社レクター代表取締役

1983年生まれ。筑波大学大学院を卒業後、2008年に新卒第1期として株式会社ミクシィに入社 アーキテクトとして、技術戦略から組織構築などに携わる 同社メディア開発部長、開発部部長、サービス本部長執行役員を務めた後、2015年退社 現在は、株式会社レクターを創業し、技術と経営をつなぐ技術組織のアドバイザリーとして、多数の会社の経営支援を行っている。 一般社団法人日本CTO協会理事、朝日新聞社社外CTO。

これから私たちの働き方・仕事はどうなるのか。

Q:AIによって仕事は奪われるのだろうか。
Q:AIの時代に生産性はどう考えたら良いのだろうか
Q:AIの時代に何をつくることが価値になるのだろうか。

Q.AIによって仕事は奪われるのだろうか。

仕事はいつだって奪われてきた

  • 技術の進歩は常に仕事を奪ってきたが、それは結局人類が望まない「非人間的」な仕事だった
  • 仕事の内容はどの仕事も変わり続けている。
  • 新しい技術は必ず新しい仕事を生み出し、人類の生活をより豊かにしてきた。
  • 重要なのは新しい技術にオープンマインドで向き合い、学び続けること

この20年でも、
ソフトウェアの仕事は大きく変わりました。

ソフトウェアは常に簡単に成り続けている。

つまり、ソフトウェアは安くなり続けている。

  • しかし、実際の経済が工数単位で測られるため意識しづらく、見えにくい
  • ここ10年は、5-10%/年ずつ安くなっている。
  • 2005年の100人月は2025年には25人月くらいで達成できる。
  • 生成AIによって、今後数年は毎年30%ぐらい安くなっていくだろう。
  • 内製化している企業の方が生産性改善 のメリットを得やすい。

ジェボンズのパラドクス

資源利用効率が上がると単価が下がり需要が拡大し、結果的に資源消費量が増える現象をジェボンズのパラドックスという。

19世紀英国で蒸気機関改良が石炭需要を逆に急増させた例が典型。

ソフトウェアにおいても同様のことが再現され続けている。

ソフトウェアが安くなるにつれ、適応領域も拡大

長期的に仕事がどうなるのかは需要と供給が決める

  • 需要:新たにどのようなソフトウェア領域が生まれるのか。
  • 供給:どのような速度で生産性が改善し、人材が供給されるのか。

文字の歴史とソフトウェアの歴史を比較してみる。

古代エジプトの書記官

文字を書くことが、ソフトウェアと同じように高度なスキルだった時代、古代エジプトの書記官は、現代の役人に相当する重要な職業

王室や神殿の記録、税の徴収、財産の管理など、幅広い業務を担う

文字とソフトウェア

古代エジプトの書記官

  • 文字を書く能力 = 特権的地位
  • 情報の記録・管理の独占
  • 社会システムの中核

文字の普及後

  • 多くの仕事が変化を余儀なくされた
  • 文字を書くことは必須スキル
  • しかし新たな仕事で文字は使われる

現代のソフトウェアエンジニア

  • コードを書く能力 = 専門職
  • デジタル情報の構築・管理
  • デジタル社会の中核

AI/ソフトウェアの普及後

  • 多くの仕事が消滅?
  • どんな仕事が生まれるのだろう
  • ソフトウェアは必須スキルに?

文字は多くの人に普及し、当たり前のものになった

  • 文字はもともとは徴税や債務の記録から生まれた
    • 次第に法律や戒律、王の権威のための歴史記録に
  • 次第に民衆の詩歌や芸術作品、文字が日常に普及
    • 印刷術が生まれ、民衆を巻き込んだ宗教改革がおきた
    • 雑誌・新聞の普及で、民主主義が生まれた
  • 電報やインターネットが生まれ、世界中の文字が検索できるように
    • 相互的な知識創造 が爆発的におこった

歴史的に見るとソフトウェアは文字と同じように
社会にとって当たり前のものになる。

私たちの知っているプログラミングの終わり。

ソフトウェアエンジニアの需要はどうなる?
僕らの仕事はなくなるのか。

現にUSのソフトウェアエンジニアの求人は
少なくなっているじゃないか!

求人減少はマクロ経済と税制の要因が支配的

2022年に端を発する下落をAIを要因とするのは不自然

  • コロナで爆発したデジタル化需要の揺り戻し
  • 直近の金利上昇、景気後退懸念、トランプ関税
  • ソフトウェア予算の税制改正
    • 2022年度以降、米国税法 Internal Revenue Code の Section 174 が改正され、ソフトウェア開発を含む研究開発費は即時損金算入が不可能になり、国内分は5 年間で均等償却に。
  • しばらくFUD情報が増える(Fear, Uncertainty, Doubt)が気にしない方が良い。

ジョブレスリカバリー

不景気をまたいで生産性が改善するとき

1990年代以降、米国では景気回復後も雇用が遅れて回復する現象が続いている。92年、2002-03年、リーマンショック後と、株価は早期に回復する一方で、失業率の改善には時間がかかった。

企業はIT投資による生産性向上を進め、一時的に雇用が減少。しかし新規企業とサービス産業が雇用を吸収し、結果として長期成長へとつながった。

生産性の改善サイクルと景気後退がかみ合うと、
長期成長の発射台になる

  • ITバブル崩壊やリーマンショック後、高度人材がスタートアップに集まり、
    新たな産業と高成長が生まれた。
  • 大手の企業はルーティンの効率化によって生産性も上がる。
  • マクロな景気循環は、一時的な雇用減少があるが長期的には成長を生み出す

そして、仕事は二極化した。

  • 不況で企業は中間技能のルーティン職を真っ先に削減し、
    IT・自動化へ置換する。

  • 景気が戻ってもその職は復活せず、雇用回復が遅れる「ジョブレス・リカバリー」が起きる。

  • 新たな雇用は高技能専門職と低技能サービス職に集中し、
    中間層が痩せて 「ジョブの二極化」 が進む。

100分の1になること

  • 個人がエンパワーメントされる時、90%は見るだけ、9%がたまに投稿し、1%が継続的に創作してコミュニティや技術の波を牽引する。

  • コスト・スキル差・マインドセットで参加が偏り、少数派が経験と評価を累積して大きなリターンを獲得する。

  • 新技術を早期に触り継続アウトプットすれば、意外に低いハードルでその1%に入り、エンパワーメントの恩恵を享受できる。

アメリカと比較して日本ではどうか?

  • 雇用流動性が低いため、大きな雇用調整がおきにくい。
  • 緩やかなインフレが始まり、景気後退局面ではない。
  • 技術革新に伴った組織改編が遅れる傾向がある。
  • 少子高齢化でそもそも人員不足は加速。
  • これまでの技術革新のフェーズで生産性改善も新産業創出も起きていない

変わってしまうかもしれないことより、変わらないかもしれないことを心配した方が良いのではないか。

人の価値は高くなり、半導体は安くなり続けている

より少ない労働力で、多くのことをコンピュータに任せる必要

組織の一部の労働は、半導体に置き換りつつある

これは生成AI以前からのマクロトレンド

目的と手段の梯子、不確実性の低いものから置換

人が関わるのは運営から成長と変革に変わる。

組織が求められるものが変わっていく

均質なチームから多様なチームが当たり前に

組織が求められるものが変わっていく

よりフラットな構造に変化し、裁量の拡大が起きる。

かつてメンバーが提案し、マネージャが決める。

課題を整理し、意思決定し、環境を整える。

今はAIが提案し、人間が決める

課題を整理し、意思決定し、環境を整える。

ソフトウェアの偶有的複雑性と本質的複雑性

本質的複雑性に対する"試行錯誤"がエンジニアリング

私たちの知っているプログラミングは終わる。

そして、新しいエンジニアリングが始まる。

AI時代の仕事は意思決定で「高密度化」した

  • よりよい設計を提示しないといけない。
  • 複数のエージェントに仕事を振り分けないといけない。
  • 新しい要件を次から次に提案しないといけない。
  • メンバーが5人のチームリーダーになるような変化が起きている。

仕事の高密度化は今に始まったことではない。

生産性の名の下に仕事は高密度に。

  • パソコンがなかった時代
  • スマホがなかった時代
  • リモートワークが進む前

それらを考えてみても、情報の洪水の前で意思決定や休みのない頭脳労働が
増加し続けている。

AI疲れ - AI Fatigue

  • AIは仕事の密度を上げる。それは意思決定と不確実性への対峙。
  • 意思決定はHPじゃなくてMPを削る。
    • でも人間のMPはそうそう変わらない。MP切れを起こす。
  • これまでと同じ内容の仕事を高速にやろうとすると、限界がくる。
  • 環境変化にあわせて 仕事の再定義をする必要がある。

Q.AI時代について生産性はどう考えたら良いのか

AIエージェント時代には効率化の視点が変わる

昔は、標準化やマニュアル化、最近は可視化と最適化。「正しさ」の視点が変わる。

  • できる化(頼む)

    • 人がやっていた仕事を「自分でできるようにする」
    • 自分がやっている仕事を人ができるようにする。
  • 自働化(任せる)

    • ワークフローやAgenticな仕組みで仕事をAIに任せる
    • 不確実性の発生源を捉えて自働適応する仕組み
  • 自創化(指し示す)

    • 仕事を回すフェーズではなく仮説検証し、創造するフェーズも自働化する

生成AIによる生産性改善のレベル分け

できる化から自働化、自創化をめざしていく。

Level 1

AIチャット利用

Level 2

専門家ボット作成

Level 3

社内エージェント化

Level 4

自動化ワークフローへの組み込み

Level 5

知識創造プロセスエージェント

レベル1:AIチャット利用

生産性改善0~5% 最低限のできる化

  • 業務で利用できる汎用的なチャットAIサービスがある。
  • 最低限のプロンプト技法を学んで、業務上の課題についての調査やレポートを依頼できる。
  • 一部のプリセットされたプロンプトやコピー&ペーストをして必要な手続きをAIに依頼できる。

レベル2:専門家ボット作成

生産性改善5~10% 部署公認のできる化

  • 社内の業務に応じて担当者が提供している専門家ボットがある。
  • 複数人が繰り返し行う業務が、担当者以外でも部分的に「できる」ようになっている。
  • e.g. Dify/ GPTs/ Gems等を利用したボットの提供

レベル3:社内ナレッジに紐付いた業務エージェント

生産性改善20-30% できる化と自働化

  • 社内ナレッジ、社内ツールとの接続をおこなってその業務依頼を執行できる
  • その業務に必要な社内向けMCP/ Toolsを提供されたエージェントの提供
  • 事前定義かエージェンティックかに限らず一部業務を自働化できている。

レベル4:ワークフローインテグレーション

生産性改善40-60% ルーティンや決まった業務の自働化

  • レベル3以上のエージェントがメール受信やスケジューラ、フォーム受信などに応じて自走し、日々の業務からは手離れする。
  • その業務について人数スケールの問題が無くなる。

レベル5:知識創造プロセスへの組み込み

生産性改善70-90% SECIモデル全体へのエージェント組み込み

  • レベル4のエージェントが、複数協調しながら知識創造を行う。
  • 現場の業務から吸い上げた暗黙知を下に、新しい改善のための仮説検証計画を立てて、実行し、その結果をまた学びとして利用できるようになっている。
  • 人間は仮説の方向性や形式知に関する承認についてすればよい。
  • 100人の部門が10人で回る。

AIエージェントによって業務の効率化をしていけば、
本当に生産性は上がるのか?

生産性向上より、
それを組織として享受することが難しい。

  • 確かにAIでいままでのタスクは早く終わるようになった。
  • 上がった生産性はどこに行くのか。
    • ランチがゆっくりとでき、定時で上がれる。
  • それで組織の"生産性"はあがるのか。
    • 付加価値/人件費 をあげるには組織も変えていく必要がある。
  • タスク生産性をどのように付加価値生産性に転換するか

その場にとどまるには走り続けないといけない

  • AIは民主化され世界中に配られている。
  • 企業の付加価値が上がるには、生産性の絶対値が問題ではない。
  • 相対的なアービトラージがあるときに付加価値の効率が上がる。
  • ある程度落ち着いてきたら参入しようでは遅すぎる。

最終的な生産性は、市場との相対優位により生まれる。

両利きの経営 - 知の探索と知の深化

「両利きの経営(Ambidextrous Organization)」とは、企業が「既存事業の深化(Exploitation)」と「新規事業の探索(Exploration)」という2つの異なる活動を同時に追求し、バランスよく実行する経営手法です。

深化(Exploitation)

  • 既存の強みを活かした効率化
  • 業務プロセスの改善・最適化
  • コスト削減と収益最大化

探索(Exploration)

  • 新しい技術・市場の模索
  • イノベーションと創造
  • 将来の成長機会創出

技術革新の局面では、知の探索のウェイトをあげていく必要がある。

組織変革の必要性

  • これまでの業務を少ない人数で同じ成果を出せるように深化する。
  • 小さくフラット化されたチームを複数組成して新製品の探索をする。
  • 新しい働き方に応じた採用とリスキリングの計画を実行する。

AI推進はボトムアップ事例を出すフェーズは終わり。

人事組織戦略と統合してリードしていく必要がある。

Q.AI時代に何をつくることが価値になるのだろうか。

文字の民主化で起きたことが、
ソフトウェアで高速に再現される。

2000年代のシステム対象領域

記録による共同作業のためのシステム(SoR)

なぜ、業務システムは存在するのかと言うと、 個人の集合を法人と言う 1つの知性体 として活動させるためである。

スマートフォン登場前後からのシステム対象領域

顧客との直接のコミュニケーションのためのシステム(SoE)

スマートフォン以後、顧客や事業パートナーとの共同での業務活動もスコープに入った。。

AIエージェント時代のシステム対象領域

知識創造全体を自律的に行うシステム(SoK)

今後は、システムは形式化された記録だけでなく従業員が持っていた企業の暗黙知も含めた創造プロセスのエージェント化ができるようになる。

システム対象領域の変化

System Of Record(記録のためのシステム)

SoR は、組織の主要な情報を一元管理

System Of Engagement(顧客との関係性を含めたシステム)

SoE は、顧客と企業との双方向のやりとりを実現する。

System Of Knowledge Process(顧客価値の知識創造を行うシステム)

SoK は、企業の知識創造プロセス全体に対してのシステム

SECIモデルと知識創造プロセス

SECIモデルの各フェーズにAIエージェントが介在した自働化を実現して、企業の知識創造を助け、また自律的に深めていくようになる(自創化)

SECIモデルと知識創造AIエージェントの役割

共同化

実践の場の非構造データをナレッジベースとして管理して、実践の場での訓練やヒントを生み出すAIエージェント

表出化

ナレッジベースの統計情報を元に分析を行い、あたらしい知見を創出するAIエージェント。

内面化

形式知に基づいて、効率的な実践の場を支援するAIエージェント。

連結化

新しい知見を実践の場で活用できるような知識の形に形式知化をおこなうAIエージェント

SECIモデルとコールセンターエージェントの例

共同化

通話記録から対応パターンを学習し、オペレーター向けトレーニング素材を自動生成

表出化

顧客満足度データを分析し、効果的な対応手法を発見・提案

内面化

リアルタイムでナレッジベースをもとに顧客対応するエージェント

連結化

現場の知見を標準手順書として形式化し組織全体で共有

AIエージェントとの知識創造プロセス

アシスタントしらせ君の仕事

  • 1on1をすると、文字起こしが記録される。
  • 複数の1on1から僕の知見が抜き出される。
  • 知見からブログ記事たたきが作成される。
  • その記事からX Postがつくられる。
  • 反響度合いからブログ記事をつくるプロンプトが更新される。

知識創造プロセスを売ることの難しさ。

  • 知識創造全体をエージェントとすれば、部門の人数は大きく効率化できる。
  • AIの進展にあわせて、組織変革できる企業は少ないかもしれない。
    • SaaS導入よりも意思決定が難しい。
    • スマホシフト、クラウドシフトに後れた日本では後手に回る可能性
  • BPO/BPaaSや事業のM&Aやロールアップ等で事業自体を取得して改善する方が、自分たちの人員を減らすサービスを売るより手っ取り早い?

マクロの幻想より、ミクロの現実を見よう

  • マクロな「日本は終わり/AIが仕事を奪う」といった物語より、自分にとっての具体的なチャンスとリスクという“ミクロ視点”こそが意思決定で重要。

  • 競争相手はAIではなく人と企業。変化の初期段階で飛び込み、希少スキルやアービトラージを押さえた者が相対優位を得る。

  • 組織も個人も 「知の探索」と「知識創造システム」への投資 で変化を味方にし、まず自らAIを使って走ることが重要になる。

ご清聴ありがとうございました